『甘えることのできない環境』についてちょこっと考える休み明けの朝。

たとえば。
妊娠しました(はぁと)、体を考えて退職しました。
出産しました。これから親子、三人で暮らします。
里帰りした両親からお祝いにと、ちょっとだけいただいてしまいました。
これからがんばります。

と、いった大前提を出しました。
パパさんから生活費をもらいます。
生活費の水準はいまいち未定としても。とりあえず、ママさんは外で働くことはありません。
毎日、育児が大変だろう、とパパさんはそれでもがんばって仕事の後にママさんの育児の助けなりなんなり
すると、思われます。

だいたい、手助けしない。の範疇の「平均」もわかりません。

ほんのちょっとでも買い物をしてくれるであるとか
買い物のときに赤ちゃんを「みていてくれる」もしくは抱っこしてくれているでもいいはずです。
それだってやってもらえるのです。

でも、大体の新米ママさんは「甘えられない」「つかれた」「もういやだ」といいだします。
全員でもなく八割くらいはこうじゃないかと。

ママさんは風邪を引いても休めないですしね。

誰にも甘えられません。

大学生の「誰にも甘えられない環境を作りたかった」の仕送りいくらって話。

実は「料理も掃除も、ひとりで暮らして、病気でも親御さんはすぐに着てくれない」
その状況を「作ってもらえる」ことへの感謝が溢れてると思うんですよ。
そして「わかっていっている」ってわからないのかなぁ…